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WEBPCをスマート&チャーミングに使いこなすおしゃれな女子を、DIGIGIRL(デジガール)と命名。

東京で抜群の存在感を誇る彼女たちをファッションフォトグラファー・草野絵美が紹介します。

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2011年8月29日月曜日

No.08 中久喜朋子(paperboy&co. JUGEM事業部 カスタマーサービス)






アパレル業界からIT企業へ転身
女子らしくITを使うGINZAガール



No.08 中久喜朋子
株)paperboy&co. JUGEM事業部 カスタマーサービス
@nicokuki
http://sequins.petit.cc

1986年、茨城県出身。文化女子大学卒業後、老舗のボトムメーカーのデザイナー職や販売員などを経て昨年夏にpaperboy&co.に入社。ブログサービスJUGEMのカスタマーサービスでユーザーとエンジニアをつなぐ仕事に従事。



ー 中久喜さんはpaperboy&co.に入社される前までアパレル関係だったとか。小さい頃からファッションが好きだったんですか?

母も祖母も洋裁が好きだったのでファッションは幼い事から身近でした。学校で小物やバッグを作るのが楽しくて大学は服飾系の大学へすすみました。

自作のアクセサリーはカフェや雑貨屋でも販売されています

小さい頃に母とカフェへ行ったとき、母がカフェにおいてある昔のGINZAを「見てごらん、これ綺麗でしょ」と見せてくれた思い出が今でも印象的ですね。その時はそれが何の雑誌かもわからなかったけど「ほんとだ!」と雑誌をみて感動していました。


ー大学卒業後はアパレル企業を経て、自作のアクセサリーを販売したりsuzuki takayukiの販売の仕事をされていたんですよね。アパレル関係に携わられていた中久喜さんがWEBの会社へ、というのはとても意外に思うのですが。

自分の可能性を広げたくて転職を考えていたときに半直感的に今の会社に応募しました。その時は Webの業界で働きたいという気持ちは特になかったんですが、私がpaperboy&coのサービスの1ユーザーだったので興味があったんです。 JUGEMで日々のことを綴るブログを作ったり、プチ・ホームページサービス(以下、petit)というサービスで自分の創作作品を発表しています。

愛用しているJUGEMとプチ・ホームページ


周りから社風がおもしろいということを聞いていて、この会社だったらパソコンは好きでもITのことに詳しくない私でも楽しく働けそうだなと思いました。カスタマーサービスの求人がでていたので、接客も好きだし出来ることがあるかもと思い応募したんです。


ー今WEB上で作品を発表するサービスはたくさんあると思います。その中で中久喜さんがpetitを選んだ理由はなんだったんでしょうか?その選択が中久喜さんを今の会社へ引き合わせたという点でもとても気になります。

デザインの可愛いさや値段で絞り込みながら、無料お試し期間を利用して自分の作品とマッチするサービスを色々探していました。petitのお試しを始めて1週間たった頃、petitの運営スタッフからメールがきて「こんにちは中久喜さん」という始まりで、中久喜さんはこんな風にpetitを利用されてるんですね、中久喜さんのアクセサリーとても素敵ですね、ということが書いてあって凄く嬉しかったんです。


ーそれは嬉しい!! ユーザーとの距離の近さやを感じますよね。今、中久喜さんが働いているカスタマーサポートも、まさにそうゆうメールを送るお仕事ですよね。


そうですね。私がもらったようなお客様へのメールもそうですし、要望に応えたり、お客様からの質問を調べて不具合を発見した場合は開発者に知らせて直してもらうこともします。お客様によりすぎても違うし、会社側によりすぎてもエゴが生まれてしまうかもしれない…どちらにも寄らない橋渡し的な仕事です。
お客様の要望をくみ上げることはファッションの接客に近いですが、webのサービスの方が洋服と比べるとユーザーさんが日々使うもの、まめにアクセスするものなので、要望や意見を頂くことで一緒にサービスを作っていただいてる感じが強いかもしれないです。


ー なるほど。サービスがよくなったり進化していくためにはお客様との協同作業は不可欠なんですね。アパレル関係にいた中久喜さんなら、今後はWEBとファッションの橋渡し役としても活躍できそうですね!

今の会社に入ってWebで発信することがより楽しく感じるので、将来はWebディレクターの仕事にも携わってみたいです。私はコンセプチュアルだったりデザイナーの気持ちが入った洋服が好きなので、コンセプトのある洋服ってこんなに素敵なんだ、という意識的なところをWEBで伝えるお手伝いができたらなと思います。


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2011年8月8日月曜日

No.07 Julie Wataiさん(フォトグラファー/コンテンポラリーアーティスト)





秋葉原カルチャーを世界へ発信
女子×ハードウェアに萌えを感じます!



No.07 Julie Watai(ジュリ ワタイ)
フォトグラファー/コンテンポラリーアーティスト
@juliewatai
juliwatai.com FACEBOOK SoundCloud

大阪出身。アイドル経験を経て、現在はフォトグラファーとして活動。秋葉原カルチャーと女の子を紹介する写真集『SAMURAIGIRL』『はーどうぇあ・がーるず』を出版。その他VJや電子工作ガールとしても活躍中。



ー フォトグラファー、コンテンポラリーアーティスト、電子工作、モデルなど幅広く活躍されているJulieさん。活動のきっかけを教えて下さい。

はじめて人前に出たのは10代の頃。当時、千葉麗子さんというアイドルの方がいて史上初のオタクアイドルと言われていたんですが、千葉さんの妹分として活動させて頂いてました。
その経験で何か自分で表現でしたら色々な人に見てもらえるんだなということを実感して、アイドル活動と並行して、同人誌を作ってコミケで売ったり、コスプレをしたり、自分の趣味の活動もしていました。


電子音楽も趣味のひとつ。「お気に入りは、この303というリズムマシーン。80年代のハウスの多くはこのミキサーで作られています。このリズムマシーンが発表されてから電子音楽の歴史が大きく変わったと言われる伝説のマシーンなんですよ」



ーはじめてのコスプレは?

ぷよぷよというゲームにシェゾというキャラクター。男装コスプレです(笑)。



ー当時は今の秋葉原カルチャーのように文化がクロスオーバーしていなかったと思います。アイドルも漫画もアニメも棲み分けが激しかったと思うのですが、アイドル活動と趣味の活動の間で葛藤や迷いはありませんでしたか?


アイドルの仕事に迷いを感じることはありました。アイドルは衣装もダンスも歌も用意されたうえで表現する役割。いわば"作られる"存在だと思います。それはそれで楽しかったし勉強になったけど、自分の趣味の活動を熱心にしていくうちに"作る側"に興味がでてきて、21歳のときにアイドルを辞めました。いったん仕事をお休みして、自分に何ができるのか考えてみたかったんです。
その頃、趣味でコスプレイヤーの女の子たちを一眼レフで撮影していて、写真をツールに女の子達と仲良くなってネットワークが広がっていくのが楽しいなと思い、フォトグラファーとして活動を始めたんです。



ーJulieさんのマルチな活動を見ていると、色々なことに挑戦しながらもそれぞれの活動にJulieさんならではのセンスを感じます。活動のインスピレーションとなっているモノやコトはありますか?


スノウ・クラッシュ」や「ニューロマンサー」といった80年代のSF小説が大好きで、そこにでてくるような女の子達に憧れています。機械を操作したり、理系な姿がとにかくカッコイイ。それに当時のファッションやロボットって、今見るとフューチャーレトロで可愛いですよね。私は機械を見てセクシーだなと思うフェチがあるんですが、テクノフェティシズムというジャンルがあっても良いんじゃないかな、と思います。



ー 産業の発展に心を踊らせた時代の未来の描き方って凄くワクワクしますよね。昔、40~50年代のアメリカで「Ladies&Robots」というムーブメントがあったんです。ロボットと女性が付き合っている写真が何枚もあって、それがセクシーだった時代があるんですが、まさにテクノフェティシズムなのかなと思いました。


2冊目に出版した写真集『はーどうぇあ・がーるず』では音楽機材やコンピューターなど色々なハードウェアとポップな女の子が絡んでいるんですが、女の子とハードウェアってすごく無骨な組み合わせなんですけど、私もそこに"萌え"があると思います。



電子工作ガールとしても活躍中。最近作ったのは喋る人形ファービーのサーキットベンディング(改造)の動画。宇宙語を話すそう。


あれもやりたい、これもやりたい…でここまで走ってきました。職業を聞かれたらフォトグラファーかもしれないけど「何でも屋」みたいなもの。今の時代、ネットで何かを発表するのは簡単だしお金もかからないので、これからもカルチャーとカルチャーをDJみたいにミックスさせて、おもしろいなと思ったことをどんどん放流していきたいです。


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2011年7月25日月曜日

No.06 種村静夏さん(WEBデザイナー/大学生)






仕事と育児の両立を目指して
巡り会えた天職がWEBデザイナー



No.06 種村静夏
WEBデザイナー/大学生
@tane0811
tanemm.com

1988年、埼玉生まれ。学生団体「BRASS」のウェブサイト制作をきっかけにWEBデザイン会社にアルバイト。半年後、フリーランスのWEBデザイナーとして独立し企業や学生団体のWebサイトやFacebookページの制作を手掛ける。


ー 学生ながらフリーのWEBデザイナーとして活躍している種村さん。デザインができてコードも触れる数少ない技術者だと噂で聞いて、一度お会いしたいなと思っていました。

ありがとうございます。でも、大学に入るまで自分のパソコンは持っていなかったし、スカイプって何?という感じだったんです。(笑)


ー そうだったんですか!? とても意外ですね。

所属した学生団体 BRASS で「誰かWEBサイトを作らないか」というアナウンスがあったのがきっかけで、はじめてWEBサイトを作りました。そのときはこの世界が今のように新しい技術がどんどん生まれてくることも知らなくて…正直甘く考えていたんですよね(笑)。
でも作ってみたら面白くて、すぐにWEBデザインの会社でバイトをしながら勉強をしました。半年経ったときに学生団体や起業した友達のWEBサイト制作の依頼が多くなったので、思いきってアルバイトをやめてフリーランスとして活動を始めたんです。


種村さんのチャーミングなホームページ



ー すごいスピードですね。そこまで情熱を傾けた理由はなんだったんでしょうか?

小さい頃から仕事と育児を両立したいという気持ちが強くて。WEBデザイナーという職業を知ったとき、これならフリーランスでもやっていけるし家で育児をしながらお金を稼げるなと思いました。自分の夢が叶う職業に出会えた! と夢中になりましたね。


ー 仕事と育児を両立したいと思ったきっかけは?

母の影響が大きいです。母は若いときに保育士になりたくて短大へ進学したのですが、1年くらいで結婚して仕事を辞めたことをすごく後悔していたようで「あんたは仕事を辞めちゃダメだよ」とよく私に言っていました。

都会では核家族が多くて、子供は色々な人に育てられるというより家族の中で成長していくことが多いんです。一番身近な存在である母親が欠けたりすると子供にとても影響があると思うので、子供のそばにいながら仕事をすることが昔からの私の夢だったんです。


ー WEBデザイナーとして活動した当初、うまくいかなかったことや克服していったことはありますか?

WEBサイトを作るとき、ページごとに目的やターゲットとなるユーザーの調査まで考えて作らないと良いサイトはできないと思うんですが、それをクライアントに伝えることに最初は苦労しました。本来の目的から逸脱したサイトにならないようデザインし、それを細かくクライアントに説明することがWEBデザイナーにとって大切な作業です。数を作りながら、伝え方を勉強していきましたね。

打ち合わせの時はipadをメモ代わりに。


ー これからWEBデザインの技術以外で身につけたいスキルがあれば教えてください。

語学を習得したいので大学を卒業したらまず1年間フィリピンに行きたいです。フィリピンはアジア圏の中で英語の発音が綺麗だし、食事や住むところ、ワンツーマンの英語の塾が付いて10万円くらいで1ヶ月生活できるそうなんです。英語力を身につけてもっと活動の幅を広げて行ったり可能性を広げていきたいですね。


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2011年7月19日火曜日

No.05 もふくちゃん(株式会社モエジャパン代表取締役)






アキバ系アイドルビジネス最前線
秋葉原から世界を目指す萌え系女社長



No.05 もふくちゃん
株式会社モエジャパン代表取締役
@mofuku
http://ameblo.jp/mofukushacho/

1983年、東京生まれ。23歳の時に秋葉原にてアキバ系アイドルライブ&バー『ディアステージ』の社長に就任。今はアニソンDJバー『MOGRA』も運営する、株式会社モエジャパン代表取締役。


ー 今や秋葉原文化を語るうえで、欠かすことができない存在のもふくさん。秋葉原で萌え系ライブ&バー『ディアステージ』とアニソンDJバー『MOGRA』を始めたきっかけを教えてください。

大学生の時、秋葉原のメイド喫茶で友達になった女の子達が今まで出会った誰よりも面白くて衝撃を受けました。アイドルやアーティストなど様々な夢を持っていて、それに向かって真っ直ぐで、話をしているうちにこの子たちと一緒に何かをしたいなと思ったんです。
当時秋葉原では歩行者天国で女の子達が歌って踊るパフォーマンスが盛り上がっていて、毎日ライブができるライブハウスをやろう!と。すぐに場所を見つけて女の子達のライブが見れるバー『ディアステージ』を始めました。


ー 社長に就任したのは23歳のときだとか、すごく若いですね。

最初は右も左もわからなかったですね。でも『ディアステージ』をオープンして半年以上たった頃、女の子もお客さんも増えて手狭になって、これはビジネスとしていけるなと確信を持ちました。そこで『ディアステージ』を引っ越して、しばらくたってからその空きスペースで『MOGRA』を始めました。


m-floの☆TakuさんなどもDJとして訪れる。アニソンがかかったときはかなりの大盛り上がり


当時は秋葉原にクラブがなくて、アニソンのイベントがあってもみんな代官山とか渋谷へ行ってしまう。秋葉原から始まったカルチャーを別の土地にとられるのは嫌だなと思い、アニソンが楽しめる『MOGRA』を始めました。
アニソン畑の人には他ジャンルの音楽を楽しめる場所として、逆にクラブミュージック畑の人には日本のアニソンやアイドルソングの素晴らしさについて触れてもらえるような、ジャンルレスな空間を目指してきて、今年で二年目。やっと目標を達成できてきたなと実感してます。


ー 今や20代前半の若い人たちが集う話題の箱ですよね。 『MOGRA』が人気な背景に、これまでカウンターカルチャーだった秋葉原の文化がメインストリームになってきた時代の流れがあるんじゃないでしょうか?

確かにこの1年で大きく変わりました。数年前は偏見もあったけど、AKB48の盛り上がりもあって今は逆に世間に求められている感じがします。秋葉原でも今の状況は衝撃的で賛否両論ですね。最近は、普通のファッション誌にもオタクカルチャーの文化が紹介されたり、表紙にまで抜擢されたりなどが増えてきた印象です。


ー 自分たちの文化がメインストリームへなっていくことへの不安や動揺はありますよね。

特に秋葉原の人達は文脈や歴史を大切にします。表面加工やコンセプトが1ミリずれただけでも「ニセモノだ」と言われてしまうのが難しいところ。そうゆう特徴が文化が成熟していく過程で今後どう影響していくのかという緊張がありますね。今年が転換期1年目だと思うので、これから大きく変化していくところもあると思うし、よりギークになっていくところもあるんじゃないでしょうか。


ー 先日、東京コレクションで『ミキオサカベ』のショーを見ました。もふくさんがプロデュースしているアイドル「でんぱ組.inc」がコラボレーションしてパフォーマンスしましたよね。ショーを見にきたモードなファッションを身にまとった人達が初めてオタ芸やライブアイドルを見て、最初はショックで呆然としているのに、そのうちオタ芸の動きを真似して参加していく姿が印象的でした。多様な価値観を持ってる人達が一つのカルチャーに魅了されてる現場はドキドキしますね。

そう感じて頂けて嬉しいです。「秋葉原の出し惜しみしないパワーをファッション業界にぶつけたい」とミキオ君からの情熱を受けて今回コラボレーションをしました。
普通オタクの女の子って内向的で他のカルチャーへ参加していくのを怖がる子が多いんです。でも「でんぱ組.inc」のメンバーは本当に意欲的で、「本物の秋葉原のパワーを見せつけてやりましょう!」と意気込んでいた。現代のパンクスここにあり、と思いました!


秋葉原で活動するアイドルグループ「でんぱ組.inc」。合言葉は「萌えキュンソングで世界に元気を発信♪」


今この時代に誰が戦っているのかといったら、それはアイドルだと思います。今人気のAKB48やももいろクローバーZこそ現代のパンクスですよ。アイドルの歌詞を読むと「何がなんでも勝利を勝ち取るんだ」とか「一番上を目指すぞ」といった、攻撃的な内容が多くて少し恐いくらいです(笑)。
今、若い女の子たちが持っているその強さ、精神力が別のカルチャーと組み合わせても存在が負けない理由だし、私がアイドルに魅力を感じるところですね。


ー 今は大きく成長している秋葉原カルチャーもいつかは成熟という局面を向かえると思います。もふくちゃんは今後『MOGRA』や『ディアステージ』「でんぱ組.inc」をどう展開していこうと考えていますか?

時代は必ず変わっていくので『MOGRA』も『ディアステージ』も違うものに変化して次のステップにいくと思います。あとは山口百恵さんみたいに全盛期にマイクをおくのか、もしくは松田聖子さんのようにマイクを握り続けるのか、選択肢は2つ(笑)。それをこれから考えていきます。
「でんぱ組.inc」は海外へ発信していきたいですね。ファッションやアートが失った初期衝動のようなパワーを秋葉原に感じるので、それを私が世界へ伝えていければなと思っています。


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2011年7月11日月曜日

No.04 佐々木詩織さん(大学生)





ブランドバッグからMacBook Airがチラリ
目指すは女子エンジニア



No.04 佐々木詩織
大学生
@shiori1205

1989年、東京生まれ。作家志望だった小学生の頃、両親からもらったパソコンで小説や詩を公開するサイトを制作。大学では広告研究会のWEB広告チームに2年間在籍。『美人事.com』の制作に携わる。来春からITコンサル会社に入社予定。


ー 来春からITコンサルタントの会社でエンジニアとして活動されるそうですが、インターネットにまつわる仕事の中でなぜエンジニアを目指されたのですか?

大学時代に広告研究会のWEB広告チームに在籍して企業や団体のウェブサイト制作に参加したり、友人に誘われて「美人事.com」のサイトを作っていました。




どれも楽しい経験でしたが、その中でも、誰かの「やりたい」ことを形にできるエンジニアって良いなと思ったんです。エンジニアがいないと良いアイディアも残らないし、自分のスキルが誰かから必要とされるのは嬉しいですよね。多分、私って"誰かから必要とされたい欲求"が強いんです(笑)。


ー ウェブ業界で女性のエンジニアはまだ少ないのでしょうか?

少ないと思います。春から入社する会社のITコンサルのスタッフも女性は全体の5%しかいません。女子エンジニアを増やしたいなと思うので、まずは自分がしっかり仕事をできるようになって「こういう風になりたい!」と思ってもらうことが目標です。


ー 最近「かわいい検索」を知って、ウェブサービスにも女の子の目線って必要だなと改めて思いました。私も女子エンジニアがどんどん活躍できたら良いなと思います。詩織さんだったら、どんなウェブサービスやアプリを開発したいですか?

その日に会った人に記録ができる『会った日記』みたいなアンドロイドアプリを作りたいです。普段色々な人に会うことが多いので、今日誰とあってどんな話をしたかメモできたり、会った人を他の友人にも紹介できるアプリがあったら自分で使いたいですね。


ー 会った人との時間を自分だけで楽しむだけじゃなく、周りの人にも紹介できることがポイントですね。

そうですね。色々なチャンスに巡りあえたり、自分自身が今すごく幸せなのも、人との出会いから始まっていると思うので"縁"を大事にしたい。twitterBooklogのように新しい人やモノとの出会いがあって自分を変えてくれるサービスは面白いなと思います。


ー これからテクノロジーが進化をしていく中で、増々インターネットサービスが私たちの日常に関わってくると思います。未来の生活にどんな世界を期待していますか?

アニメが大好きなので『HUNTER×HUNTER』(集英社)の「グリードアイランド」のようにゲーム内部の世界に入り込めたり、アニメ『攻殻機動隊』の「電脳化」みたいな技術が未来の生活にあったら嬉しいですね。そうゆう世界を作っていく過程に自分も携わっていきたいし、そんな未来がくるまで自分が生きていればいいなと思っています(笑)。


ー 最後に、詩織さんの気になるバッグの中身を見せてください!

スマートフォンは2個持ちです。可愛いものが大好き!
最近気になっているのはiidaから発表されたスマートフォン「INFORBAR」。


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2011年6月27日月曜日

No.03 パク イエナさん(ウェブコンポーザー見習い)





facebookもUSTも!
今注目のソーシャルメディアを操るアヒル口女子



No.03 パク イエナさん
ウェブコンポーザー見習い/大学生
@yenap

1990年生まれソウル出身。facebookやtwitterのソーシャルメディア活用サポート事業を行う「Type-C」にメンバーとして参加。毎週水曜21時から放送のUSTREAM番組「ウェブコンポーザー学校」に生徒役で出演中。



ーWeb制作をレクチャーする「ウェブコンポーザー学校」に生徒役として出演されてますね。ウェブコンポーザーとは聞き慣れない名前ですが、どんな役割なんでしょうか?




ウェブサイトがどうあるべきか?というところを、プログラミングやデザインなどの技術的な制約に捕われずに考えて、サイトマネージングができる人です。「ウェブコンポーザー学校」ではサイトを作る技術だけじゃなく、写真の取り方やクリップの仕方、SNSとの連携、文章の書き方や編集まで幅広く勉強しています。


ーオールマイティに動けるところは、まさに新時代のWebスキルですね。

誰でもネットを使って自由に情報を発信できる今、ウェブコンポーザーが持つ感覚は身につけたいスキルです。自分がやっていることやいいなと思うことは、ブログのように既に用意された方法以外でもUSTREAMやtwitter、facebookなど色々な配信サービスと連携して発信していくことがこれから大事になっていく気がしています。


ー小さい頃からインターネットは日常的だったんですか?

はじめて自分のノートパソコンをもらったのは小学3年生のとき。私は韓国出身なんですが、韓国は日本よりもインターネット文化が発達しているんです。小・中学生の頃からネットゲームで遊んだりブログを書くようになって、一気に世界が広まりました。

ネット上のコミュニティやブログで活動していると、中学や高校の同じ年の友達だけじゃなく、大学生や社会人など色々なバックグラウンドの人と出会える機会が増えて、それがすごく面白かったです。


ーコミュニケーションが多い場所はイベントやパーティなどリアルな場にもあると思います。イエナさんもリアルなイベントには足を運ばれるんですか?

いろいろな場所に行って人と出会ったり話をするのが好きなので、積極的に参加しています。最近面白かったのは東京ミッドタウンのIDEE SHOPで開催していた「Share a Piece of the Earth」の展示とカンファレンス。宇宙から見た地球の写真でデザインされた絵がとても素敵でした。




ーウェブコミュニティとリアルなコミュニティ、どちらでもアクティブに活動してるんですね。イエナさんの中ではこの二つの世界に大きな違いはあるんでしょうか?

今はtwitterやfacebookを使ってネット上で人と交流することが多いですよね。でも私はWebは手段であって目的ではないと思っていて、結局はリアルで繋がるためのキカッケではないかと思うんです。

どんどん便利なサービスが生まれて、ネット上で色んなものを観たり聞いたりできるようになっても、やっぱりリアルなコミュニケーションの場に行かないと体験できなかったり感じられないことはたくさんあると思う。それに自分のフットワークが軽ければ軽いほど自分が憧れていた人に出会えると思っているので、これからもタイミングや直感を大切にして動いていきたいです。


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2011年6月20日月曜日

No.02 平野紗季子さん(美食ブロガー)





東京の「食」の輝きに目をむけて
チャーミングに綴る美食ブロガー



No.02 平野紗季子さん
美食ブロガー/大学生
@sakichoon
『dusty swan picnic』

1991年福岡県出身。小さい頃から食べることが大好き。IID schooling padのレストラン学部や空間デザイナー・山本宇一氏のアシスタントを経験。ブログ『dusty swan picnic』で日常の食の幸せを綴る。




ーブログ『dusty swan picnic』は紗季子さんの日常の「食」の記憶を鋭い感覚で綴っていて、読んでいて幸せな気分になります。




グルメリポートのようなありふれた感想は、私じゃない人が発信すれば良いかなと思ってます。「食」ってそれぞれ価値観が違って当たり前だし、実際に食べてみないと何もわからないアナログなもの。もちろん私も美味しい店の情報はネットで集めることが多いけど、自分が経験したことはただの情報じゃなくてその時の気持ちや空気感まで取り込んで綴っていきたいんです。


ータンブラーで始めたきっかけは?

最初はネット上のかわいい写真をタンブラーでスクラップしていたんですが、そのうち自分の写真も貼りたくなって。自分が大好きな「食」について思ったこと感じたことを写真と文字で記録しています。タンブラーはシンプルでエントリーも流れていくしかないけど、そうゆう適当な緩さと偶然性が気に入ってます。


ー小さいころから食べることが大好き?

両親が忙しいことが多かったので、家族の集まる場所がレストランだったんです。それで食べること、食べる場所が好きになりました。小学生の時から「食べ物手帖」をつけていて、4冊目が終わった半年前からタンブラーで非公開で続けています。




集めたお店の名刺は500枚くらい。お腹を満たすものから芸術の域に達するものまで、文化としての幅の広さが「食」の面白いところですよね!


ー最近美味しかったもの教えてください。

代官山の蜜香(みーしゃん)というお店の杏仁豆腐が絶品。ジャスミンのジュレが杏仁にかかっていて、甘さもほどほどで美味しいです。
プリンの味ってスプーンで変わるんです。銀製のスプーンよりも陶器の丸いスプーンで食べたほうが美味しい。蜜香はお店で杏仁豆腐専用のスプーンも開発していて細やかでいいなと思いました。


ー10年後、何をしていると思いますか?

本当にいいお店や文化を守れるような大きな存在になりたいです。それは日本料理の文化もそうだし、街角の真摯な洋食屋もそう。ネットで情報が溢れる社会になるほどアナログの価値があるというか、本当に体験した人の経験が輝くと思うので、最終的に、人をアナログな体験に誘えるようなブログを書いていきたいです。


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